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EXFA-009 "Heart Of Sunrise"
EURO2004ポルトガル。
ヨーロッパ各国のサポーターが、熱狂するお祭りに行った時の事。
皆がチームカラーのシャツを身にまとう事で己の国のアイデンティティを示し、街を、スタジアムを闊歩していた。
中でも目を惹かれたのはオフィシャルじゃ無いけど自国のカラーの街着でも着られるような
スタイリッシュなシャツを着ている人達。
「むっちゃカッコええなぁ、日本代表にもこんなシャツが欲しい!」
ちゅうわけでつくっちゃいました。
EXFAなりの代表愛を込めた日本代表応援仕様シャツ「Heart Of The Sunrise」。
コンセプトは「PLAY & STREET & STADIUM」。
スタジアムはもちろん、街着としても、自分たちがプレーするときのウェアとしても日本代表のアイデンティティを
示せるようつくった一枚です。
1921年 ロンドン会議。日英同盟破棄。原敬首相暗殺。
大日本蹴球協会発足 初代会長に今村次吉
第1回全国優勝競技会開催、東京蹴球団が優勝
1927年 上海クーデター、ジュネーブ海軍軍縮会議
第八回極東選手権(上海)で国際試合初勝利
1928年 関東軍が張作霖を爆殺
FIFAに仮申請、大日本帝国蹴球協会朝鮮支部発足
1931年 満州事変勃発
大日本蹴球協会、三本足のカラスマークを制定
1932年 上海事変、満州国建国
満州国体育協会および満州国蹴球協会設立
1934年 ワシントン軍縮条約を破棄 戦艦大和製造開始
第十回極東選手権、全日本選抜は蘭印に7-1の記録的大敗。
大会は満州国の参加問題で紛糾、その結果、極東選手権は消滅へ。
この第十回極東選手権の参加を目指し、1932年3月、できたばかりの満州国蹴球協会はサッカー満州国代表メンバーを急遽選定。関東軍蹴球倶楽部から日本人15人、現地で募ったサッカーが得意な元中国人3人からなる混在メンバーで選びだしたのだが、満州国の独立を認めない中国の抗議もあって極東選手権への参加は危ぶまれていた。
そんな流動的状況であっても練習だけはしておかなければならないので、1932年4月5日、首都・新京に代表メンバーを招集し初のサッカー満州国代表強化合宿が行われたのだが、その時はまだ満州国蹴球協会のマークどころか満州国の国旗すら正式には制定されていなかった。
この時、サッカー満州国代表のキャプテンを任されていた関東軍蹴球倶楽部のウイングバックで、部隊では戦闘機のパイロットだった加藤隆文が
『じゃあ俺の戦闘機に書かれているマークをとりあえず胸に書いておくべ〜』
という事で決定してしまった、幻のサッカー満州国代表ユニフォームをEXFAがレトロな風味を残しつつ現代風なアレンジを加えて、ここに再現。
EXFA第9弾
『Heart Of Sunrise』
が予約開始。
この『Heart Of Sunrise』という名前には、難解なイメージで敬遠される傾向の強かったプログレバンドの”YES”の名曲『Heart
Of Sunrise』が ヴィンセント・ギャロの映画『バッファロー66』のテーマ曲として復活し、 難解な曲というイメージからオサレな曲という印象に変身を遂げたように
なにかと煙たがられる大日本帝国軍のマークがEXFAの変態天才デザイナーさんの腕でオサレに生まれ変わって、 みんなに受け入れられてくれたらいいな〜
という願いが込められてます。
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